絵本と年齢をあれこれ考える⑥
磯崎園子●絵本ナビ編集長
空想と現実が溶け合って(3歳と絵本・前編)
大人になり、ふと手にした絵本を開いて驚くことがある。
「この景色、知っている」
自分の記憶を丁寧にたどっていくと、かすかに浮かび上がってくる断片的な光景。それは目の前に広がる絵本の中の場面と同じような、少し違うような。だけれども、確かにここを知っている。思い返せば、おそらく3歳の頃に読んだ絵本。もっと後だったかもしれないが、この年齢になってくると、出会った絵本の記憶がこうして少しずつ自分の中に残っていく。そして実際の絵の印象と大きく違っていたり、一部分だけを突出して記憶していたりする。この現象こそ「3歳と絵本の関わり方の面白さ」とつながってくるのである。
3歳になったばかりの子を見ると、イメージの中の3歳よりも少し幼く見える。喋りがまだまだ拙いこともある。急激に言葉は増えていくものの、それらをつなぎ合わせ、流暢な会話ができるようになるのはもう少し先。それでもよく観察していると、話しかけられていることにしっかりと反応し、返事をしようとしているのがわかる。絵本を読んでもらっていても、うなずいたり、目線があちらこちらに動いていたりして、お話を理解している様子が見てとれる。そして、絵本にとって重要なポイントがここにある。
「3歳の子は、まだ字が読めない」
彼らは目の前に広げられた絵に集中し、聞こえてくる言葉に耳を傾け、その響きや物語を堪能する。まだ文字を気にすることはないだろう。つまり、絵本の中の世界にしっかりと没頭することができるのである。文字に捉われていないからこそ、自由に絵の中を歩き回り、あるいは迷い込み、聞こえてくる言葉の響きを楽しみ、物語を自分なりに感じ取っていく。経験が少ない分だけ、現実と空想の境界線はまだまだ曖昧だろう。だからこそ、臨場感あふれる体験として、その一部が記憶に残っていくのである。
絵本を「絵本の中の世界」として
前号で、0〜2歳にとっての絵本は「半分現実」だと述べたのだが、3歳になると、絵本を「絵本の中の世界」として楽しめるようになっていく。いよいよ空想の世界の入り口に立っている。『てぶくろ』(ウクライナ民話 エウゲーニー・M・ラチョフ・絵 内田 莉莎子・訳 福音館書店①)と言えば、日本でも読み継がれているロングセラー絵本。雪の中に落ちていた片方の手袋に次々と動物たちが入っていく可愛らしいお話なのだが、ねずみ、かえる、うさぎときて、きつねがやってきたあたりから「あれ、おかしいぞ。そんなに入れるの…?」読んでいると疑問がわいてくる。ところが、あまりにも自然に大きくなっていく手袋の絵を見ていると、「不思議だけれど、本当にありそうなお話」として3歳の子どもたちは素直に受け入れてしまう。毎回どこかで少しドキドキしながらも、この展開に胸を膨らませている。
①
『てぶくろ』
ウクライナ民話 エウゲーニー・M・ラチョフ・絵 内田 莉莎子・訳 福音館書店
日本が誇るファンタジー絵本『わたしのワンピース』(西巻 茅子・作 こぐま社)にも同じような現象が起こる。真っ白なきれでつくったワンピースで、お花畑を散歩すれば花柄に、雨がふれば水玉に、次々と模様が変化する。小鳥がやってくれば空を飛び、そのままワンピースを着たうさぎは星空へ。どうしてそうなるのか、説明なんてないけれど、子どもたちの目はとっくに輝いている。その様子を見ていると、現実と空想の境界線を自由に飛び回る3歳という年齢がうらやましくなってくるのである。
うらやましいと言えば、『おばけのバーバパパ』(アネット・チゾン、タラス・テイラー・作 山下 明生・訳 偕成社)。地面から生まれ、姿を自由に変えられる、この愛嬌たっぷりのおばけバーバパパの住む世界を「本当にいるかもしれない」という気持ちで読むことができたなら。私にもそんな時代があったことをほんのり思い出しながら、子どもに読む時には、夢を壊さないように気をつける。
耳から楽しむ絵本
文字を読まずに、耳でしっかりと聞きとめるからこそ、その響きに敏感になるのもこの年齢。耳で覚えた言葉を確かめるように、例えば登場する果物の名前を端から順番にすべて声に出して読んでいく。恐るべし記憶力。あるいは、読んでもらって覚えたお話を、あたかも文字を読んでいるかのように読み聞かせてくれる。その物語はおおよそ自分流。なんだか才能に溢れる3歳児なのである。となると、響きが印象的なお話は、やはり人気絵本として読み継がれていく。『めっきらもっきらどおんどん』(長谷川 摂子・作 ふりや なな・画 福音館書店)は、お話は少し複雑でも繰り返し読みたくなる。真剣に耳を傾けている彼らにとって、「ちんぷくまんぷく」「めっきらもっきら」「どおんどん」というでたらめな歌が、面白くないわけがない。もちろん物語全体にリズム感があるからこそ、夢中になってしまうのだろう。『へんしんトンネル』(あきやま ただし作・絵 金の星社②)も、言葉遊びの絵本として考えると3歳には少し早いのかもしれない。けれど主な読者層はやっぱり3歳。「かっぱ かっぱ かっぱ かっぱ」と声に出して読んでいると、いつの間にか「ぱかっ ぱかっ ぱかっ ぱかっ」と変身した馬が走っていく。見れば小さな子どもたちだって大笑い。聞いていれば、ちゃんと楽しめてしまうのだ。
②
『へんしんトンネル』
あきやま ただし作・絵 金の星社
自転車の前かごに乗った3歳の息子が上の方を見上げながら「……木はいいなあ」とつぶやいた時の大人っぽい表情に驚かされたことがあったのだが、それもやっぱり絵本『木はいいなあ』(ユードリイ・作 シーモント・絵 西園寺 祥子・訳 偕成社)の響きが体に染みついていたのだろう。
空想と現実が溶け合う時間
しっかりとした足取りで走り回り、嬉しい時には飛び上がり、うまくいかない時には泣いたり怒ったり。新しいおもちゃに興奮し、知らないお友だちに緊張し、大好きなノラネコを追いかける。美味しいごはんを食べた後は、ちょっと苦手なお風呂タイム。3歳の一日は本当に長い。疲れきっているからこそ、寝る前にはたっぷり甘えたい。「ママ あのね……
きのうのよるね、うんとよなかに かわいいこが きたんだよ。」
こんな呼びかけで始まるのは、『よるくま』(酒井 駒子・作 偕成社③)。おやすみ前のベッドの中で、男の子は昨日の夜の不思議な出来事を話し出す。大好きなお母さんをさがすよるくまのために奮闘しながら、男の子も、読んでもらっている自分も、母の声に包まれて眠りにつく。おやすみなさい。空想と現実が溶け合いながら過ごす3歳の時期に、こんな幸せな時間を持つことが重要なのは言うまでもない。
③
『よるくま』
酒井 駒子・作 偕成社
笑いがわかっている!?
様々な表情を見せてくれる3歳児。その魅力を挙げはじめればきりがないが、聞けばあっという間に大人が幸せな気持ちになってしまうのは、あの「屈託のない笑い声」だろう。3歳児はよく泣くけれど、よく笑うのである。絵本を読んでいても、よく笑う。いや、あの笑い声が聞きたくなって、むしろこちらが必死になってしまうのである。油断してはいけない。彼らは意外にも「笑い」をわかっている。例えば『11ぴきのねことあほうどり』(馬場 のぼる・作 こぐま社④)の面白さは、その物語の展開であり、ねこたちのキャラクターであり、ちょっとシュールな味わいでもある。その笑いを理解するには、少し早過ぎるのは事実。ところが、大笑いするのである。それは、あほうどりが順番に登場するあの場面。1わ、2わ、3ば、4わ……ときて最後に驚くほど大きなあほうどりが現れる。 その滑稽な間を感じ取り、登場するたびに大げさに声を出し、ずっこける。読んでもらいたくてこの絵本を持ってくる彼らの表情は、心なしか企んでいるようにも見えたりして。いつの間にか、ねこの心が乗り移ってる!?
④
『11ぴきのねことあほうどり』
馬場 のぼる・作 こぐま社
『おならうた』(谷川 俊太郎・原詩 飯野 和好・絵 絵本館)のように、読めばその響きが勝手に彼らの笑いのツボを押してくれる絵本もあれば、『パンどろぼう』(柴田 ケイコ・作 KADOKAWA)のように、その絶妙な表情や動きがぴったりとハマり、たちまち大人気となってしまう絵本もある。こちらが狙っていけば、必ずしも笑ってくれるとは限らない。一方で、そのリズムや空気が気に入ってしまえば、何度だって飽きることなく読み続ける。だからこそ、多くの絵本がこの年齢層に向けて挑戦し続けるのであろう。
絵本の中の世界に入り込むのに最適な年齢と言われることの多い3歳。その理由を改めて考えてみれば納得してしまう。「正確な絵本の読み方」というものに捉われることなく、それでいて丁寧に絵や言葉を感じ取り、思い思いに想像を膨らませていくことができる。つまり絵本の読者として、貴重な年齢だということがよくわかる。
さらに「お友達」や「家族」との関係性が生まれ、絵本の読み方も深まっていくこの年齢。とても1回だけでは収まりきらないので、次回も引き続き3歳のお話。お楽しみに!
★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。