絵本と年齢をあれこれ考える②
磯崎園子●絵本ナビ編集長
赤ちゃんは宇宙人!?(0歳と絵本)
「赤ちゃんって、絵本を楽しむの?」
この質問をするのは、赤ちゃんとの生活が始まったばかりのママやパパ。それはそうです。だって、絵本どころか、赤ちゃんのことだってまだまだわからない。何もかもが初めてだらけの生活の中で、他にも知らなくてはいけないことが山積みになっている。だいたい赤ちゃんには記憶が残らない。だから「あの頃読んだ絵本が面白かったなあ」なんて思い出話を聞かせてくれるわけでもない。我が子がどんな絵本に反応し、どんな絵本を喜ぶのか。とにかく試してみるしか方法はないのである。ところが、誰もが元々絵本に興味があったわけではない。「赤ちゃんに絵本を!」と待ち構えていた人ならやすやすと越えていくその壁は、案外高い。赤ちゃんは宇宙人!?
絵本に関わる取材をしていく中で、こんな話を聞いたことがある。まだまだ視力も弱く、未成熟な0歳の赤ちゃんの感覚は、大人とは全く違う。宇宙人と思ってもいいと。宇宙人……そこまで違うのか。言われれば納得、なんだか安心してしまう。つまり、赤ちゃんを「大人の延長」として捉え、想像しようとするから、わからなくなってしまうのだ。ぼんやりと目の前に広がる世界を見つめ、どこからか聞こえてくる不思議な音を聞き。あるいはよく知った声がしたかと思えば、その人が温かい手で抱き上げてくれる。とんとんしてくれるリズムが気持ちいいなと見上げると、見覚えのある顔がこちらを見て笑っている。そんな時、目の前に突然現れるのが……絵本。きょとん、だよね。
ところが、そんな時の赤ちゃんは、どうやら私たちが思っている以上に刺激を欲しているらしいのだ。目の前に現れる色や形に驚き、音をしっかりと聞きわけ、感触に興味を持ち、手や口を使って確かめる。つまり、誰よりも感覚的に絵本を味わっているのかもしれない。それなら、わかるような気がする。キラキラしている、しましまがある、つるつるだな、これめくれるの? まっさらな状態の赤ちゃんは、全身を使ってその刺激を吸収していく。そして私たちは、あの瞬間を目撃するのです。
「笑った!」
絵本を見て目を動かしている、手をのばしている、反応している! もしかしたら、大人の必死な顔や声かけに笑っているだけなのかもしれないし、身の回りのものと区別はついていないのかもしれない。けれどそれは、どっちだっていい。こんな出会いがあれば、絵本生活が無事にスタートできるはずなのである。
感覚を刺激してくれる絵本
では、感覚を刺激してくれる絵本とは。まずは、音。特にねんねの頃の赤ちゃんは、体を大きく使って反応することがあまりないこともあり、ぼーっとしているようにも見える。だけど、そんな時は絵本を読んでいる「声」をじっと聴いているのかもしれない。好きな音やリズムを感じ、身近な人の声を覚え、自分なりの心地よさを満喫していたりして。その積み重ねが徐々に反応として表れてくるのだろう。例えば、ファーストブックとして0歳の赤ちゃんから圧倒的な人気を誇る『じゃあじゃあびりびり』(まつい のりこ作 偕成社①)。絵本ナビに寄せられるレビューを読めば、「手足をバタバタさせて喜ぶ」「魔法の本だ」「釘付けになっている」という声が並ぶ。何がこんなに惹きつけるのだろうと、想像してみる。まず、赤ちゃんは蛇口なんて知らない。紙がビリビリ破れることだって知らない。踏切だってまだ見たことがないし、自分があーんあーんと泣くことだって理解しているわけもなく。だけど聞こえてくる「じゃあじゃあ」「びりびり」「かんかんかん」「わんわん」の響きは、意味がわからなくても確かに面白い。続けて聞くと、もっと愉快。ああ、これは「音」の絵本なのだと心底思う。そして、隣にいる不思議な形をしているものが、どうやらその音を発しているらしい。そうやって、絵と言葉が結びついていくのだろうか。『もこ もこもこ』(谷川 俊太郎・作元永 定正・絵 文研出版)のような摩訶不思議な絵本と並び愛される理由が理解できる。
①
『じゃあじゃあびりびり』
まつい のりこ・作 偕成社
あるいは『がたん ごとん がたん ごとん』(安西 水丸・作 福音館書店)。明快な色で描かれた、子どもたちの大好きな汽車がモチーフ。だから人気があるのだろうと思うけれど、絵本ナビでの主な読者層は0歳。「がたんごとんがたんごとん」「のせてくださーい」の繰り返しが心地よく、私も息子に何度となく読んだ。ある時、電車の音を聞きながら勝手に体を揺らす息子を見て、はっとする。本能で電車が好き、というのもあるだろうが、やはり彼はこの絵本を「音の絵本」として体感していたのではないだろうか。「がたんごとん」と聞いて、体の奥に染みこんでいたリズムが蘇ったんじゃないか、と。
一方、色の刺激をもらえる赤ちゃん絵本として、定番となりつつあるのが『しましまぐるぐる』(かしわら あきお・絵学研プラス)。大人が読むと目が回ってしまうような、コントラストの強い赤と白のぐるぐる模様。だけど、ふと赤ちゃんを見ると、食い入るように見つめている。白と黒だけなのに、形の変化だけで赤ちゃんを笑わせてしまうのが『はじめてのかたち FIRST LOOK』(駒形 克己・作 偕成社)。現代アートの様にも見えるこの絵本を、赤ちゃんはちゃんと感覚で受け取っているのだろう。
月齢が低い赤ちゃんでも認識できる「かお」。そして、おっぱいに似ている「まる」の形も大好き。その二つが目に飛び込んでくれば、思わず手をのばしてしまうのは当然の話。『お?かお!』(ひらぎ みつえ・作 ほるぷ出版)は、全面が顔になっている上に指で動かすことができるしかけ絵本。『あかちゃん』(tupera tupera・作 ブロンズ新社)は、色々な顔が登場する上に、絵本そのものが丸い形になっている。大人の遊び心もまとめて一緒に刺激してくれる赤ちゃん絵本というのも、面白い。
続けるのって、大変
こうして色々な絵本を試し、様々な反応を観察していくことこそ、赤ちゃんとの絵本生活の醍醐味。だけど、続けるのって大変。いつの間にか数か月経っていた、なんてことだってある。気力がない時でも読める絵本があれば解決するのに……。そう考えた時に浮かんでくるのが、「読むのが楽しい」絵本。大人側の話になってしまうが、実はそれがとっても大事なことでもある。代表的な絵本が『いないいないばあ』(松谷 みよ子・作 瀬川 康男・絵 童心社)。誰もが知っている遊びと同じ動きが、絵本の中で再現されている。読むのが難しくない上に、反応がわかりやすい。誰が読んでも、一気に赤ちゃんとの距離を縮めることができる。『だるまさんが』(かがくい ひろし・作 ブロンズ新社②)もやはりそう。絵本の通りそのまま読むだけで、言葉のリズムや笑いの「間」まで演出してくれる。だるまの存在なんて知らない赤ちゃんが、思わず一緒に体を揺らして喜んでくれるのだ。これなら続けられる。
②
『だるまさんが』
かがくい ひろし・作 ブロンズ新社
視覚的にも月齢の低い赤ちゃんの反応がいい『くっついた』(三浦 太郎・作 こぐま社)は、誰より喜んでいるのが、実はママやパパの方だったりする。だって、何もないと少し照れてしまいそうになるスキンシップが正々堂々とできてしまうのだ。
おもちゃと区別しなくてもいい
赤ちゃんにフィットする絵本だということを、赤ちゃんの方から教えられる絵本もある。『ボードブック はらぺこあおむし』(エリック・カール・作 もり ひさし・訳 偕成社③)は、小さなあおむしが蝶へと変化する様子を描く、誰もが知るロングセラー絵本。もちろん内容を理解するのは、0歳の子には難しい。けれど、ボードブック版は0歳の子に大人気なのだ。その理由は、絵本と戯れる様子を見ればよくわかる。自分でめくり、穴に指を入れ、ページを行ったり来たりする。丈夫なボードブックは、なめても叩いても簡単には破けない。本当に赤ちゃんにちょうどよくできているのだ。③
『ボードブック はらぺこあおむし』
エリック・カール・作 もり ひさし・訳 偕成社
そして、この「おもちゃのように絵本を扱う」時間があるというのは、0歳の赤ちゃんにとって大事なこと。刺激を欲しているのは、目や耳だけとは限らない。手や口や足でその感触を確かめ、重さを知り、めくる仕組みを理解していく。そうして赤ちゃんなりに、絵本との距離を詰めているのではないだろうか。そういう意味では、手のひらサイズのボードブックというのは、思っているよりも大きな役目を果たしているように思う。
赤ちゃんだって、絵本に入り込む
しばらくは好きなように触れさせておこう。そんな風に思っていると、今度は0歳の赤ちゃんが絵本の世界の中に入り込んでいる姿を見せられて驚かされることになる。『くだもの』(平山 和子・作福音館書店)という絵本には、「子どもが手でつかんで食べる真似をする」「美味しそうにもぐもぐする」というレビューが並ぶ。絵本の中の果物をじっと見ていると、その後ろから「さあ どうぞ」と声がかかる。その途端に絵本が立体的に見えてきて、差し出された果物を自分の口に持っていくのだ。その愛らしい姿を想像するだけで、たまらない。それは真似をしているわけでもなく、赤ちゃんはきっと本当に食べているのだろう。こんな風に、戸惑いながらも赤ちゃんの事を知るためにも重要な役割を担ってくれるのが0歳の頃の絵本。いいスタートを切ることができれば、あとは宇宙人に楽しみ方を教えてもらえばいい。そして、やがて言葉を発し、自ら立ち上がっていく。この変化は絵本にどう影響していくのか。次回は1歳、お楽しみに!
★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。