日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

絵本と年齢をあれこれ考える①(新連載)

磯崎園子●絵本ナビ編集長 


絵本ばなれが赤ちゃん時代にくるってほんと?


絵本を年齢で区切るということ

 今回ありがたいことに、こんな貴重な場所で「絵本と年齢」をテーマに語らせていただくことになった。絵本を年齢で区切るというこの行為について、ためらいがないわけではない。なぜなら、本来絵本は自由な存在であるべきだと思っているし、そうやって慣れ親しんできた当事者でもある。「この絵本は何歳向けである」という発信は、ある意味誰かがその絵本に出会える可能性を無くしてしまっているのではないかという危惧すらある。そんなの一番悲しいことだし、本当はこう言い放ちたい。「気にせず選べばいいじゃないか。絵本は自由だ!」

 では購入者の立場になってみるとどうか。目の前に沢山の絵本が並んでいる。どれも面白そうだし、興味深い。だけど今日買うのは一冊だと決めている。だから店員さんに聞くのである。「1歳になる我が子が一番喜んでくれる絵本はどれですか?」 絵本ナビに寄せられてくる読者の声も読んでみる。「2歳の娘が夢中になっている」「3歳の息子のお気に入り」年齢別にわけられた感想の数のグラフを見れば、しっかりと傾向が出ている。選ぶ基準としての「年齢」は確かに需要があるのである。

 ところが、区切れば区切ったところで悩みも生まれる。この年齢は本当に需要に一致しているのだろうか。だいたい成長には個人差があるのに、断言なんてできるはずもない、適齢ではないからと手に取らなくなるのではないか。「4歳におすすめとは言っていますが、気にしないでくださいね」自ら薦めておいて、自ら否定する。なんとも矛盾した状態に陥ってしまう。

絵本ばなれが赤ちゃん時代にくるってほんと?

 そんな風に、長年「断言」と「迷い」を繰り返してきた私は、身近な人の話を聞きながら、ある時ふとこんな事実に気がついた。

「どうやら最初の絵本ばなれは、赤ちゃん時代におこるらしい?」

 年齢云々の前に、赤ちゃんの時点で絵本からはなれてしまったらどうしようもない。もちろん、これは大人の方の話。実は私の働く絵本ナビでは、最近スタッフの産休ラッシュがあり、復帰したばかりの人も多い。要するに家に赤ちゃんがいる人が多いのである。こちらも興味津々ですから、絵本を贈っては色々と話を聞く。そうすると、面白いことに結構な割合でこんな答えが返ってきたりする。

「ありがとう。でも、今は絵本どころではなくて」

 わかる。ママはとにかく忙しい。特に一人目の子だと頭がガチガチ、不安と緊張で張りつめて。文面からでも、ピリピリしているのが伝わってくる。あれ、絵本ナビにいたのに? あんなに「赤ちゃんと絵本を楽しもう」と言っていたのに? ……そうなっちゃうのである。それでも真面目な彼女たちは、一応なんとか絵本は読む。挑戦してみる。でも反応がない。一方的になる。これって意味あるの?と、くじけてしまうのだ。

「うちの子には早いみたい」「ちょっと絵本は二の次かなあ」

 なんて言う。で、ここで起こるのが「第一次絵本ばなれ」。早い、早すぎるじゃないか。世間では赤ちゃん絵本の存在すら知らない人が沢山いるというのに、すでに「絵本ばなれ」を起こしてしまっている。絵本を棚の奥にしまい込み、そこで1年くらい空いてしまう人もいる。その話を聞いた時は、ショックを隠せず、「そんなはずはないから、ちょっと読んでみて」などと言うのだけれど、それだってプレッシャーを与えているだけなのである。でも、その後ぽつぽつと「復帰」の報告が入ってくる。彼女たちは、我にかえって「あ、絵本を読まなきゃ」と、やっと思い出す。

 例えば、あるスタッフが、しまい込んでいた絵本をひっぱり出してきて、再び我が子に読んでみる。最初はやっぱり反応がなく、一人で喋っている気がして虚しくなってくる。でも、その絵本には「あ~ たのし たのし」という言葉が出てきて、そこを繰り返し読んでいるうちに、自分が楽しくなってきて、気分も乗ってくる。つまり最初にママの方に変化が起きる。そのうち、なんだか赤ちゃんも少しずつじっと見てくれているような気がしてきて。今度は「あ、笑った」なんて興奮しながら報告がくる。こうなると後の展開は早いもので、「絵本に救われた気がした。絵本ってすごい!」。熱心に、詳細に、その素晴らしさを説いてくれるのである。彼女のように、自分で気がつく瞬間があれば、もうすんなりと絵本のある生活に入っていけるのかもしれない。


『まるまる 『まるまる ぽぽぽん』
柏原晃夫/作・絵、学研プラス
大好きな「まる」がたくさん!
見ていると元気になるのは、赤ちゃんだけじゃないようで……。


 また、大人向けの朗読は得意だったけれど、赤ちゃんにはどう読んだらいいのかわからない……と、途方に暮れていたスタッフ。でもしばらくすると、「昨日は姪っ子がこの絵本を娘に読んでくれて。なぜか同じところで笑うの」と、ふいに報告がくる。そうすると「今日はこの絵本で」「〝でておいでよ〟、このフレーズが好きみたい」と嬉しそうに、彼女の口から次々に新しい絵本のタイトルが並ぶ。きっかけは姪っ子が読み聞かせをしてくれたこと。きっと、絵本を読んでもらう我が子を客観的に見ることで、嬉しい気づきがあったのだろう。そうやって観察する喜びと結びついた途端、絵本への興味がしっかりと戻ってきてくれるのである。


『たまごのあかちゃん』" 『たまごのあかちゃん』
神沢利子/文、柳生弦一郎/絵、福音館書店
たまごの中でかくれんぼしている赤ちゃんに話しかけます。
すると、可愛い赤ちゃんが出てきた、出てきた!


 大事なのはこの変化。赤ちゃんだけでなく、親、大人の方が絵本に対する接し方や考え方が変わっていく。そのきっかけが早ければ、それだけ早くから絵本の世界に入り込むことができる。「ああ、もう気がつけば3年も経ってしまった」なんて悔しい思いをしないで済むように。だからこそ、私たちは何度でもしっかりと絵本の事を紹介し、その存在を丁寧に説明する必要があり、その年齢ならではの喜びがあるという事を伝えていかなければいけないと、改めて実感するのである。

たったの6年間だからこそ

 そういう私にも大きなきっかけがある。どうにも泣き止んでくれない0歳の息子に対して、策は尽きたとあきらめかけた時、口をついて出てきたのが「もこもこ、にょき……」という言葉。そう、あの傑作絵本のワンフレーズである。読むのが楽しくて、いつの間にか覚えてしまっていたその言葉を、なんと息子がじっと聞いている。更に続けると、今度は笑った! 泣き止むどころか、笑ってくれている。この感動は忘れない。絵本が役に立ってくれたという事実はもちろん、生まれて数か月しか経っていない赤ちゃんなのに、彼はすでに絵本を楽しんでいたのだ。
 人が生まれてから絵本と濃密に触れ合う期間を未就学児まで、と限定してみると、それはたったの6年間。過ぎてみれば驚くほど早くて短い。気がつけば今、すぐそこで寝息をたてているのは大きくなりすぎている息子、高校生である。あの頃の小さな可愛い姿を探そうと凝視してみても、なかなか見つけ出せなくて、ちょっと涙ぐみそうになったりして。



『もこ 『もこ もこもこ』
谷川俊太郎/作、元永定正/絵、文研出版
登場するのは「もこ」「にょき」「ぽろり」と奇妙な擬音と形ばかり。
ところが、子どもたちがいつの間にか夢中になっているのがこの絵本なのです。


 だけどこれが不思議なことに、渦中にいると6年どころか365日のなんと長いこと。この1日、いやこの数時間が永遠に続くようにすら感じる。だって、毎日顔を突き合わせていれば、毎日乗り越えなくてはならない何かが起こる。昨日の息子と、今日の息子は、明らかに何かがちがう。1週間遡ってみればなんだか顔つきが変わった気がするし、さらに1か月、1年前なんてもう違う生きものかしらと思うほど。大人の6年とはわけが違うのである。(もちろん私だって成長しますよ、しますとも。)

 では、絵本はどうだったか。0歳から6歳まで、変化する子どもに合わせて、1年ずつきちんと順番に入れ替えながら読んできたのか。もちろんそんなきれいな記憶はひとつもない。ごちゃごちゃ、ちぐはぐ。年齢に最適な絵本っていうのを、冷静に考えてきたのだろうか……曖昧なセレクトが並んだ本棚を見れば明白、恐らく好きな時に好きな絵本に手を出してきたに違いない。もちろん、はりきって読書記録をつけてみたり、今こそぴったりだという絵本を探してみたり、他の人のおすすめを聞いてみたり、楽しんではいましたよ。でも、「ああ、もっと早く手にすればよかった!」「読んであげるのを忘れていた」「この絵本に今夢中になるなんて……」という、後悔と焦りと戸惑いで頭の中のほとんどが占められていたのも現実。子どもの本の仕事に関わっていれば、頭の中が整理されているかといえば、そんなことはないようで。だけど、ここが結構重要なポイントなんじゃないかと、今は思ったりしているのである。

 大人になってから気がつくのだけれど、絵本の最高の楽しみ方と言えば、その世界に入り込んでしまうこと。夢中になれること。でも、ふと気がつけば子どもたちはとっくに知っている。驚くことに赤ちゃんだって知っている。それは、絵本がそんなしかけをしているからであり、子どもたちがそれを本能でかぎとってしまうからである。その反応は年齢によって実にさまざま。つまり、味わい方もさまざま。大人はそれを観察することで、教えられることばかりなのである。

 絵本を年齢で区切るということは、限定するということではなく、その時々にミリ単位で変化していく味わい方の違いというのを「見逃さないため」、と考えてみるのはどうだろう。楽しみ方の「目安」とする。それこそ、絵本を紹介する、販売する立場としての、大きな役割のひとつ。さて、そこから何が見えてくるのか。次回は0歳から。一年間、一緒に楽しんでもらえると嬉しいです。



★いそざき・そのこ 絵本情報サイト「絵本ナビ」の編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作などを行うほか、各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)。

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