日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私がつくった本62
ほるぷ出版 木村美津穂

(月刊「こどもの本」2015年3月号より)
江戸のお店屋さん(既2冊)

江戸のお店屋さん(既2冊)
藤川智子/作
2013年11月〜

「江戸時代のお店ってのは、いってぇどんなところだったんだい?」落語を聴いていて、ふとわいたこの疑問。「壺算」の瀬戸物屋も「湯屋番」の湯屋も、なんとなーく想像はできるけれども、細かいところを思い浮かべようとすると、いっぺんにわからなくなってしまう(ついでに「壺算」の銭勘定もわからなくなってしまう)。そんな話を藤川さんにしていたら、もともと江戸ものや歌舞伎好きな藤川さんは江戸時代の町並や建物、お店にも興味があったようで、あれよあれよという間に企画が誕生した。江戸時代のお店の様子を紹介する絵本を作ろう。東京駅直結の大丸デパート八階にあるイノダコーヒで、二〇一一年十二月八日のことだ。その帰途、企画のことを考え続けていた藤川さんは、家と反対方向の電車に乗り、しばらく気がつかなかったそうだ。集中すると他のことが目に入らなくなる藤川さんらしい。

 さて動き始めた本企画はまず資料集めがメインとなった。江戸時代については文献も多いように思われたが、「お店屋さん」という観点で見れば充分とは言い難かった。江戸風俗のバイブル「守貞謾稿」に始まり、浮世絵、各種博物館の展示品説明などなど、あらゆる資料を入手し熟読した。コピーした紙の山は五十センチにもなった。

 その資料を元にお店と商品を描きおこし、新しい資料を見つけては描き直し、監修の先生にチェックしてもらっては描き直し、気の遠くなるような作業を重ねてやっと一巻が産声をあげたのは二〇一三年十一月のことだ。おかげさまでたくさんの方にご支持いただき、二〇一四年十二月には二巻を上梓することができた。

 本を作っていて最後まで悩んだのは、店頭紹介の絵に人物を入れるか否か、だった。一七二一年には人口一〇〇万人を超え、当時世界最大の都市だった江戸。活気ある町に人の姿は多かったはずだ。だが絵に人を入れたらそのぶん、いちばん見てほしい商品が隠れてしまう。読者の子どもたちには、現代のお店で買い物をするときと同じように、どれを買おうか、棚を前にあれこれ悩んで楽しんでもらいたかった。迷いに迷って、人物は入れないことに決めた。

 そうして「もの」を中心に江戸時代と現代のお店を比べてみると、見えてくることがあった。スーパーやコンビニという店作りが成り立つには、商品の保存と流通が不可欠だ。江戸時代の薬屋は自分たちで作った薬を店で売っていた。客は薬がほしければ、自ら歩いてそのお店に出向いた。日本全国で同じ風邪薬が同じ値段で売られている今とは大きく違う。棚に置かれた商品ひとつにも、そんなふうに社会がかかわっているのだと、子どもたちに感じてもらえたら嬉しい。いや、そんなこと感じなくても、ただ楽しんで読んでくれたらやっぱり嬉しい。