日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『希望の牧場』 森 絵都

(月刊「こどもの本」2014年11月号より)
森 絵都さん

そこに希望はあるのか

「警戒区域に残された動物たちは、皆かわいそうだ。が、一番救われないのは、家畜だ。家畜はどこまでも切ない」

 福島で動物の保護活動をしている知人からそんな話を聞いて以来、ずっと牛のことが気になっていた。

震災後、福島第一原発の近隣住民は一挙避難をした。その中には泣く泣く家畜を残してきた畜主たちもいた。牛舎や豚舎の家畜はみるみる飢えて衰え、骨と皮だけになって死んでいった。かろうじて生きていた個体も国の決定により殺処分された。

 しかし、例外があった。第一原発から十四キロの距離にありながらも、震災後の避難を拒み、殺処分を拒み、三百頭以上の牛を生かしつづけてきた牧場。それが「希望の牧場」だった。

 希望があるのかないのか、本当のところはわからない。牛は全頭被曝している。出荷はできない。エサ代はかかる。世話をする人間も被曝する。悲惨すぎて美談にもならない。が、私は彼らの奮闘を絵本として残したくなった。この取りくみに意味はあるのかと絶えず自問している牧場の代表・吉沢正巳氏とお会いしたとき、「この人はこの人のまま絵本になれる」と強く思ったのだ。「俺はただの牛飼いだ。日本のカウボーイだ」。そう、この語り口。彼を彼のまま絵本にしたい。悲しいだけのお涙頂戴話になんかしない。

 まずは現場へ。画家の吉田尚令さんと、編集者の佐々木さんと三人で希望の牧場を訪ねた。牧場の現状。原発の罪。人間の矛盾。問わずとも吉沢氏はよく喋ってくれる。私は彼の言葉を削いで、削いで、その芯にあるものを捕まえたかった。「見ること」「聞くこと」に夢中で、どんな絵本にしようかなんて打ちあわせは一度もしなかった。

 だからこそ後日、私が書いた文章に吉田さんが描いてくれた絵を見て、驚いた。吉田さんもまた見事に吉沢氏の芯を捕まえながら、そこにある風景の至るところに、あの牧場で彼が見たものをよみがえらせていた。命あるものも、命なきものも。魂が叫んでいる。ぜひご覧ください。

(もり・えと)●既刊に『カラフル』『風に舞いあがるビニールシート』『ラン』など。

「希望の牧場」
岩崎書店
『希望の牧場』
森 絵都・作
吉田尚令・絵
本体1,500円