日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『つぎのかたどうぞ』 飯野和好

(月刊「こどもの本」2011年12月号より)
飯野和好さん

浮き世の想い出

 埼玉県秩父長瀞の荒川沿いに細長く村や町が続いている。私の生まれたのは長瀞町大宮岩田・山間の集落であった。くねくねと峠道を下って吊り橋を渡って小学校に通ったが、その吊り橋の斜め下方の川っぷちにちょっとした平地があった。

 そこに、よく旅芸人の貧しい一座が小屋掛けをし一週間も居たろうか期間は疎覚えであるが、むしろで囲った小さな芝居小屋である。陽にあせて汚れた旗がパタパタなびくと、周辺の住人達は何だかウキウキした気分になるのだった。

 客席は砂地の上にござやわらを敷いて、座布団を持参する者もあれば新聞紙を敷いている者もいて、夕暮れ時の非日常の世界を味わうのであった。出し物はよく分からない現代ものと踊り、チャンバラものである。人気はチャンバラもので、仇討ちや、悪人が斬られてぐるぐる回り袖に引っ込む時などは、拍手喝采である。

 ある時の事、いよいよ主人公の少年剣士が親の仇に巡り会えて、「親の仇ー!」と花道の出入り口の幕をバッとめくりあげ、ダダーッと舞台に向かって駆けたのだが、花道の板幅が狭かったのか、足を踏みはずしてドーンとむしろが掛かっている花道の揚幕から外へ落っこちてしまった。「あっ‼」と客席が一瞬どよめいたが、さすがに役者の子、又すぐに出入り口の幕をめくってダーッと走って、見事親の仇を討ったのである。あの時の光景は未だに忘れがたい何とも言えない少年時代の想い出のひとつである。

 その子役達も、昼間は私達の小学校へ来て一緒に勉強をしていた。稲刈りが終わる頃によくやって来た旅芸人一座、神社や河原に一時の浮き世の世界を作っていった一座を思い出しながら、『つぎのかたどうぞ』を作ったのでした。

(いいの・かずよし)●既刊に「ねぎぼうずのあさたろう」シリーズ、「くろずみ小太郎旅日記」シリーズなど多数。

「つぎのかたどうぞ」
小学館
『つぎのかたどうぞ』
飯野和好・作
本体1,500円