日本児童図書出版協会

児童書出版文化の向上と児童書の普及を目指して活動している団体です

こどもの本

私の新刊
『メランコリー・サガ』 ひこ・田中

(月刊「こどもの本」2014年8月号より)
ひこ・田中さん

“大人向け”の街で

 十数年前にニュータウンから都会のど真ん中へ引っ越した私は、住むことを中心にして作られた街と、商業を中心に作られた、徒歩圏内にデパートも映画館もミュージアムもある街の違いを体験することとなりました。

 都会のど真ん中は、大人が働いている場所であり、集まってくるお客も基本的には大人ですから、町の設計も、店のデザインも、人の動線も大人向けに設計されています。たとえば子ども服やおもちゃの売り場も、お客として現れる大人が心地よく子ども向け商品を買いたくなるような演出が施されています。

 もちろん、住宅街からそこに遊びにやってくる子どもがいないわけではなく、土日の繁華街で観察していると、彼らの声のトーンは総じて高く、振る舞いも大げさで、興奮気味。彼らにとってここは異世界であり、ちょっとした冒険の場所なのでしょう。

 一方、この地域で暮らしている子どもたちもいます。繁華街を一筋、二筋入れば古い住宅地がありますし、中古となり求めやすくなったマンションには、若いカップルが入居し、子育てを始めています。

 大人のための大人の街で日々暮らしている子ども。そこを異世界ではなく単なる生活の場としている子ども。

 彼らには、その空間がどう映っているのだろう? そこで働く大人や、やってくる大人はどう見えているのだろう? 大人のために作られた動線をどう使っているのだろう?

 彼らの視線で眺めれば、世界は少し違って見えるかもしれないと思いました。

 ゲーム作家の父と子ども本作家の母と暮らすコトノハ。父が中古フィギュア屋を営んでいるパル。会社員の父とモール街で働いている母を持つ700。なんとなくクラスで浮いている三人の小学生が、なんとなく群れながら都会のど真ん中を異世界ではなく日常空間として過ごしている物語。ですから、残念ながら冒険も大事件もありません。そんな『モールランド・ストーリー』をお楽しみいただければ幸いです。

(ひこ・たなか)●既刊に『お引越し』『カレンダー』『ごめん』など。

「メランコリー・サガ」
福音館書店
モールランド・ストーリーⅠ
『メランコリー・サガ』
ひこ・田中・作 中島梨絵・画
本体1,200円