「たった一回」の夏休み
二〇二二年の夏、私は切羽詰まっていました。フレーベル館ものがたり新人賞に応募するために書きあげた物語を、めぐるちゃんという女の子だけを残して、あとはまるごと新しく書き換えていたためです。
それから、翌年の春。幸運にも大賞を受賞し出版のチャンスを与えて頂いた応募作を、この上ない喜びとともに、やはり切羽詰まりながら書き直していました。自分の未熟さをつくづく痛感しつつ、それでも、担当編集の渡辺さんに助けられ、友人から激励を受け、主人公のトモルやめぐるちゃんに導かれながら、「トモルの海」という物語へと一歩ずつ近づいていきました。
ここにはもういない。でも、たしかにいた。そんなめぐるちゃんのこと、めぐるちゃんのような存在について、ここ十年ほど考え続けてきました。考えるたび、そのいきいきとした命の輝きに、今にも手が届きそうな気がするのに、けっして叶わないもどかしさ。でも、「想像や夢が、現実を追いぬく瞬間だってあるわ」と笑うめぐるちゃんに、トモルがまっすぐ応えてくれました。ふりかえるほどに、これって本当に私が書いた物語なのかな、と首をかしげてしまいます。「おれの(わたしの)おかげでしょ」って、自信に満ちあふれたふたりの笑顔が、まぶしいくらいにはっきりと見えるから。
田中
たくさんの人たちのすばらしいお仕事と優しさに助けられ生まれた『トモルの海』。トモルとめぐるちゃんの「たった一回」の夏休みを、あたたかく見守って頂けましたら幸いです。
(とべ・やすこ)●本書が初めての著作。
フレーベル館
『トモルの海』
戸部寧子・作/田中海帆・絵
定価1,540円(税込)