史上最速のスピード決裁
田島征三 作
2022年4月刊行
年内の仕事も納まりつつあった2021年の12月21日。少し早めのクリスマスプレゼントのように、田島征三さんから『た』の原型となる絵本のラフが届きました。
「たがやす たねまく」という言葉と裸の男女が農作業をする絵から始まり、「たくましくそだつ」「たわわにみのる」「たくわえる」と、すべて「た」の付く言葉だけで稲作の一年を見事に表現したそのラフを拝見した私は、「これはとんでもないプレゼントをいただいてしまった……」と震えました。しかも添えられたお手紙には「できれば今週中に結論を」とのメッセージが——。
これを逃したら編集者人生一生の不覚! と覚悟を決めた私はすぐに田島さんへお電話。「絶対に通します!」と宣言した直後から大急ぎで企画書を作成し、編集長にも賛同してもらうと、その二日後には管理職や役員の前でプレゼンをする緊急
絶対に失敗できないプレゼンなので、当日はなんとか熱意だけでも伝わるよう、「誠実に見える」と言われる紺のジャケットを着用。その他、身だしなみにも細心の注意を払って、この作品の持つ意義や田島さんのキャリアの中でも特別な一冊であることを熱弁しました。……が、そんな必要もないぐらいラフは絶賛され、すんなりと出版が決まったのでした。
ラフを受け取ってから二日後という、私史上(そしておそらく会社史上)最速のスピード決裁でした。
制作で意識したのは、「ただのお米作りの絵本として見てほしくない」ということでした。たしかに、内容としては米作りの一年を描いた作品ではあるのですが、そこには「たよる たすける たすけあう」といった相互扶助の精神や、「たてまつる」「たたえあう」「たのしむ」といった精神文化としての側面が色濃くあり、それらも含めた命の営みとしての稲作文化というものを、生命力に溢れた絵と共に感じてほしいと思ったのです。
そこで、田島さん、デザイナーの成瀬慧さん、私の三者で協議を重ね、普通ではあり得ないような大きさと大胆なレイアウトで文字を入れていただきました。時に絵と力比べをするかのように、時に絵の一部に組み込むように配置されたそれらの文字がどのような成果を生んでいるのか、ぜひ絵本を手に取って感じていただければと思います。
発売後は一カ月で重版も決まるなど、おかげさまで好調な滑り出しとなりました。日本の農耕と食文化の原点を描いた作品として、長く手に取っていただける絵本になってくれればと願っています。