伝えるということ
五月の風が少し元気すぎるので、窓際の席の子が、窓を少しだけ閉める。
教科書の文中に出てくる「ろくろ」がどういうものかわからず、「ドクロ?」「頭蓋骨?」「海賊船?」「いや、とぐろ?」「蛇?」。言葉が無数に広がり、教室に笑いが起こる。
「じゃあ、このことをノートに書いて」先生がそう言うと、ノートにカカカ……と、点筆(点字用の筆記用具)で点字を打っていく。
盲学校の様子を教えて頂きたくて、筑波大学附属視覚特別支援学校にお邪魔させて頂きました。これは中学一年の全盲生徒のクラスでの、国語の授業でのひとコマです。
明るくて、伸び伸びしていて。もちろん、その笑顔の下には、ひとりひとり悩みもあることでしょう。「私が中学生だったときと同じだな」と、とてもうれしくなりました。
障害とはなんでしょう。
鳥から見れば、羽のない人間は障害を持った生き物に見えるかもしれません。でも、人間社会ではそれが大多数(マジョリティー)ゆえ、羽がないことを障害と思う人はいないでしょう。
この社会においての障害とは〝たまたま社会の少数側(マイノリティー)に属することになった〟という側面が強いのではないかと思います。
この物語の主人公・朝生美空は、その〝たまたま〟の中のひとりです。
視覚に障害のある女の子──当然、福祉に関わる問題も絡んできます。でも、この物語では、それはほんの一部にすぎません。
本書のサブタイトルは「伝えるということ」です。思いを伝えるって、どういうことだろう。そもそも、思いってなんだろう……。
物語の発想は、いつも雲をつかむようなところから始まります。何かをやっとつかんだかな、と思えたときにはもう、主人公・美空は、わたしの頭の中で、自由に動き始めていました。
読んでくれた人の心に、何かが伝わりますように。
そう祈っています。
(つじ・みゆき)●既刊に『家族セッション』『あの日、そらですきをみつけた』「小説 ゆずのどうぶつカルテ」シリーズなど。
講談社
『鈴の音が聞こえる 伝えるということ』
辻 みゆき・著
定価1,540円(税込)