馬が見た戦争
これまで色々な本を訳してきましたが、主人公が馬というのは初めて。翻訳は冒頭から難航しました。馬が語る時、一人称は何でしょう? 吾輩?僕? 自分? オレ? 昔見たアメリカのTVコメディーで馬がしゃべる話があったけど……などとさんざん悩んだ結果、素直に「私」としたら、それからは自然に仕事が進みました。
作者モーパーゴが馬を主人公にしたのには、理由があります。物語の舞台は第一次世界大戦。戦争は、国によって見方が正反対になります。立場を越えたテーマ、戦争の愚かさを描くにはこうするしかなかったのです。
イギリスの農村で生まれたジョーイは軍馬として徴用され、心から慕う少年アルバートと別れ、戦地に送られます。最初はイギリス軍の騎馬、ドイツ軍に捕えられてからは、救急馬車や大砲を引いて戦場を駆け廻ります。戦闘中に逃げ出すものの、最前線の無人地帯に踏み込み、大怪我をしてどちらの陣地にも行けず立ち往生……。
馬の目から見た戦争には敵も味方もなく、両軍兵士の違いは軍服の違いだけ。土地を戦場にされたフランスの農民の悲しみも目の当たりにします。
馬のジョーイが語ることによって、国を越え、人と馬を越えた壮大な物語が生まれました。また、百万人のイギリス兵が戦死したのに対し、二百万頭の軍馬が命を落としたという事実が、さらにずしりと重く迫ります。
『戦火の馬』は芝居になり、それを見たスピルバーグ監督が、映画化を決めたそうです。映画版『戦火の馬』はアカデミー賞にノミネートされ、今年三月日本でも公開。少年と馬の愛と希望を描いた物語と、話題になりました。
映画化の影響で、普段の読者とは少し年齢層が違う〝元・こども〟の方々から、たくさんの読者カードをいただいています。「馬の気持ちになって読んだ」という感想には、ジョーイも喜ぶことでしょう。また、「この感激を伝えたい」と友達に紹介したり、お孫さん達に何冊も送ったという方もいらして、こちらも大感激しています。
(さとう・みかむ)●既訳書に『兵士ピースフル』『世界で一番の贈りもの』『負けるな、ロビー!』(以上M・モーパーゴ/著)など。
評論社
『戦火の馬』
マイケル・モーパーゴ・著
佐藤見果夢・訳
本体1,300円