小さな出会いから
私は東京郊外の団地に三十年以上住んでいます。三十年の間に、子どもであふれていた団地には、お年よりがずいぶん増えました。
それでもたまに、小さな赤ちゃんが泣く声が響いてくると、うれしくなって窓を開けて聞いたりしています。子どもたちがけんかをしていると、なになにどうした、と耳をすましてしまいます。普段は静かですが、小さな箱のような世帯が千も集まった団地の中では、毎日たくさんのおもしろいことや、びっくりするようなことが、いろいろおきているにちがいありません。
そんな団地で生まれたのが『すみれちゃん、おはよう!』です。すみれちゃんという女の子の話ではありません。団地に来たばかり、もうすぐ一年生の女の子と弟が、小さなすみれの花に出会ったお話です。まだ友だちのいない二人ですが、すみれちゃんと遊ぶうちに、ドキドキする出来事がおこります。
このお話を書いている時、昔の小さな出会いを、ふっと思い出しました。ある日ドアがガチャガチャと音をたてて開き、何事かと玄関に行ってみると、小さな女の子がいました。私を見ると、すごく驚いた様子で、
「あなたはだれですか?」
と聞いたのです。私もびっくりして、
「あ、あなたはだれですか?」
と、間抜けなことにオウム返しをしました。女の子は、ハッと見回し、あわてて出ていきました。どの棟も階段口も同じようなので、間違えたのでしょう。一瞬でしたが、それはとても楽しい出会いだったように思っています。
こんな風のような出会いもあれば、長いつきあいになることもありました。小さな子どもたちには、楽しい出会いがたくさんあるといいなと思います。
同じ丸山ゆきさんの絵で、『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!』と『まほうのハンカチ』と三作、団地での出会いのお話ができました。どれにもおもしろい顔の猫が出てきますので、ぜひ探してみてください。『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!』は文に猫が出てこないので、ちょっと難しいですよ。
(ばんひろこ)●既刊に『チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!』『まほうのハンカチ』『天馬のゆめ』など。
新日本出版社
『すみれちゃん、おはよう!』
ばんひろこ・作/丸山ゆき・絵
本体1,300円