大戦と共に始まる少女自身の戦い
『わたしがいどんだ戦い1939年』は、第二次世界大戦中のイギリスを舞台に、アメリカの作家が書いた読み物です。主人公の少女エイダは、ロンドンの貧しい地区で生まれ、外の世界を知らずに育ちました。右足が先天性内反足であったため、アパートにとじこめられ、母親の虐待を受けていたのです。国じゅうがヒトラーの侵攻におびえていた一九三九年の夏、十歳になったエイダは、ひそかに歩く練習を始めます。そして、六歳の弟が学童疎開すると知り、同行を決意。母親のもとから逃げだし、ケント州というまったく新しい世界で、戸惑いながらも必死に生きていきます。
歴史に深い関心を寄せる作者のブラッドリーは、イギリスにおける第二次大戦について入念にリサーチした上で、本書を執筆しました。リサーチする中で何より興味深かったのは、政府や軍の動きではなく、その時代を生きた人びとの、それぞれの事情だったといいます。〈ダンケルク撤退作戦〉や〈ブリテンの戦い〉に直面したケント州の海辺の村を舞台に据え、さまざまな事実や当時を生きた人びとの思いを織りこみながら、読みごたえたっぷりの物語を完成させたのです。
主人公のエイダはもちろん、弟ジェイミー、疎開先の里親スーザン、婦人義勇隊をとりしきるソールトン夫人とその娘マギー、厩舎で働くフレッドなど、脇をかためる人びとの魅力も光っています。それはきっと、登場人物それぞれの事情が垣間見えるからでしょう。エイダが大好きになったポニーやジェイミーが拾ってきたネコにも、抱えている事情があるのだと気づかされ、愛おしくなります。
読みどころはたくさんありますが、エイダの成長とトラウマ克服が、物語の核になっています。疎開先で里親に恵まれ、きちんとした暮らしを送れるようになっても、深い心の傷に苦しみ、戦い続けるエイダ。疎開から一年間の出来事が一人称で語られる本書を訳し終えたとき、エイダと一緒に一年を過ごしたような気持ちになりました。
(おおさく・みちこ)●既訳書にJ・カウリー『ハンター』、S・サットン『プケコの日記』、P・ショー『ロニーとまほうのもくば』など。
評論社
『わたしがいどんだ戦い1939年』
キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー・作
大作道子・訳
本体1、600円