笹舟に乗って
少年時代、ぼくらは、ずいぶん無茶な事をしたものだ。
ゆきひこ(ぼくらは一卵性双生児で、彼は染色家で絵本作家のたじまゆきひこ。『じごくのそうべえ』『ふしぎなともだち』『てっぽうをもったキジムナー』は有名)とふたり、土砂降りの雨の中を魚釣りに出かけた。
両親が共働きで昼間は留守なので、注意するものがいないのをこれ幸いと姉の目を盗んで家をぬけ出た。河川は増水して危険な状況なので、他の子どもたちは親に止められて誰もいない。
ぼくらが川岸で釣り糸を垂れると、巨大な鮒や鯰が釣れた。
豪雨で川の水位がますます上昇し、やがて何処が川なのか道なのか、わからなくなる。すると普段は、荷馬車や自動車が通っていた場所に、川底の深みに棲み、ぼくらとは出合う事のないものたちが、ぼくらのテリトリーに平気で侵入して来る。その事実がふたりを興奮させずにはいられない。今、思い出すと、よく無事で帰ることが出来たと思う。
絵本『あめがふるふる』は、あの時の非日常的な経験を、少しファンタジーで、ゆるめにして、非現実的な世界に子どもたちが入りこんでいく話にした。笹舟という思い出の中にあるものも、いつのまにか、ぼくらを乗せて水面を走るのだった。
真夏、田舎道をてくてく歩いて海辺の医者に通った日々。白い水草の花が、流れに揺れながら咲いていた川面を、笹舟に乗ると、ぼくは遠くの町まで運んで行ってもらえるのだった。
(たしま・せいぞう)●既刊に『もりモリさまの森』『やぎのしずかのしんみりしたいちにち』『ぼくのこえがきこえますか』など。
フレーベル館
『あめがふるふる』
田島征三・作
本体1、400円