「あぐりこ」から十年
「うちの近所に、妊婦さんを助けて、出産を手伝ったという狐が祀られているんですよ」
作家仲間の菅野雪虫さんの一言が、『狐霊の檻』を書くきっかけとなりました。
(そう言えば、お稲荷さんはたくさんあるけれど、もしかして、それぞれにエピソードがあるのかしら?)
興味を持った私は、あれこれ調べてみることにしました。そして、秋田のあぐりこ神社にたどり着いたのです。
その神社の狐は、女の子の姿で現れては、田植えや稲刈りを手伝ってくれるというのです。そして、狐が手伝った田んぼは、必ず大豊作になるという。
その由来が、なぜか心に残りました。同時に、狐の化身である女の子の姿も、頭に浮かんできました。きれいで、謎めいた女の子。でも厳しいような、悲しいような顔をしていて、檻の中に閉じ込められている。
イメージと一緒に、どんどんストーリーがわきあがってきて、気がつけば夢中で書いていました。
そうして二〇〇七年に、『狐霊の檻』の土台である作品、「あぐりこ」が完成しました。
でも、そこからが長丁場でした。なかなか納得した作品に仕上がらなかったのです。とにかく、書き直しては消し、書き直しては消しました。
ようやく納得できるものが出来あがり、新たに『狐霊の檻』というタイトルとなって本になった時には、なんと十年が経っていました。ですので、完成した本が届いた時は、本当に手が震えました。やっと辿りつけたと、しみじみ思いました。
私は、昔から日本に息づいている不思議なものが大好きなのです。妖怪、幽霊、神霊、祖霊。実際に感じる力はありませんが、そういうものを信じていますし、ごく身近であってほしい。『狐霊の檻』を読んでくれた人が、私が信じている不思議なものの気配を、作中で感じてくれたらと願っています。
(ひろしま・れいこ)●既刊に「はんぴらり!」シリーズ、「ふしぎ駄菓子屋銭天堂」シリーズ、「もののけ屋」シリーズなど。
小峰書店
『狐霊の檻』
廣嶋玲子・作 マタジロウ・絵
本体1、500円