ドイツの山の神さまとふるさと
わたしがプロイスラーの存在を意識したのは、一九九四年ごろ、チェコにもほど近いドイツ南東端の国境の町パッサウでのことでした。そこで知り合った二十歳すぎのドイツ人は、『クラバート』という名の小説が大好きなのだと言って、メモを渡してくれました。その紙切れは、今でも手もとにあります。
ドイツ東部のスラブ系民族ソルブ人の伝説を、自分流に語りなおしたこの作品は、挿絵画家ホルツィングの描く、カラスに変身した少年の絵とともに、日本にも数多くのファンがいます。
土着の伝説を再話する、語りなおすということは、プロイスラーの創作の根幹です。実在した人びとの暮らしと歴史を思い、そこに寄り添いながらファンタジーを紡ぎ出すこと。『わたしの山の精霊ものがたり』もまた、その象徴のような作品です。そしてここでもホルツィングが絵を手がけています。
プロイスラーは現在のチェコ、大山脈リーゼンゲビルゲのふもとにあるボヘミアの生まれ。そこには山の神さまリューベツァールにまつわる数多くの伝説が伝わります。祖母の口語りと本を通じて、山の物語の世界に彼は育ちました。しかし第二次大戦後、ボヘミアからドイツ人は追放されて、やむなく彼も南ドイツに移り住みます。
この伝説物語集が、ドイツで出版されたのは一九九三年。その三年前にはドイツの東方国境が確定して、ふるさとの山々との隔たりが動かしがたいものになっていました。
山の神さまは、今どこにいるのか。ふるさとの深い森に、山の頂に、はたまたふもとの村に、かつて七変化のリューベツァールが現われ、さまざまな魔法のいたずらをくりだしては、村びとや山の旅びとを泣き笑いさせた。あの山の精霊は今どこに─。
異郷に住むプロイスラーが、遠いふるさとを思いつつ書きあげた、中欧リーゼンゲビルゲの山国への、愉しくも切ない民話の旅です。
ちなみに、プロイスラー自身がこの山の神さまに遭遇してしまった(?)という実話も三つ入っています。
(よしだ・たかお)●本書が初の著作。
さ・え・ら書房
『わたしの山の精霊(リューベツァール)ものがたり』
オトフリート・プロイスラー・作
吉田孝夫・訳
本体1,700円